もう一つの中国レース


重慶・武隆での3日間レースの翌日に8時間かけて貴州に移動して、28日のみの1Dayレースにも出場した。
「The International Mountainous Challenge of the Open Air In Loushanguan,Zunyi,Guizhou,China」というこのレースは、一般市民の登山マラソン大会も併設した町を挙げての一大イベントであった。

競技内容は、
1.ラン 2km
2.MTB 24km
3.テクニックラン 3km
4.MTB 18km
5.登山 7km
(テクニックランとは、MTBを地元農民が使う竹籠に縛り付けて運ぶ。)
Zunyi市のスポーツスタジアムからスタートしてLoushanguan山まで登り詰めるコースである。
我々は3日間レースの疲れもあったが、ヤマキーの膝痛は軽減しており、ヨーキの調子も上向きであった。MTB24kmでは、ヤマキーがトップ集団に喰らい付いて一時チームから離れてしまったが、チーム内でドラフティング(前車にくっついて風よけにする行為)もしながら比較的順調に進む。テクニックランでは、田中が宮内のMTBと合わせて2台運び数チーム追い抜く。

しかし、18kmのMTBステージでのドラフティング中、ヤマキーと宮内が接触して時速30km以上のスピードから宮内が前方に飛んでしまった。
左肘を脱臼し、痛みに悶え苦しみながらも宮内は自分で外れた肘をはめた。

しかし、肘先のシビレと痛み、ショックに因ると思われる気持ち悪さを訴えるためリタイヤを決意させた。
結局、救急車に収容されて市街地の総合病院に搬送。英語が堪能なヤマキーを同行させた。
宮内は、「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣いた。


残った田中とヨーキは、ゴール地点まで行くことを決意。
それぞれが宮内とヤマキーのMTBを乗車しながら持ち、残り15kmを走行。
そして、最終の登山ステージに入る。

合計1km以上に及ぶ石段を登り詰めて行くが、この日のヨーキは最後までバテずに走り通した。
最終ゴールには10位くらいで到着。事故がなければ5〜6位には入れたようだ。


成績は付かないが、「がんばったで賞」みたいな特別賞を受賞してしまった。
こんなことで賞をもらうことほど悔しいことはない。
今回の中国レースは、悔しさばかりを学ぶこととなった。


病院から帰ってきた宮内は、肘の固定もしてもらえず、大した治療を受けられなかったと不満タラタラ。                     しかし、自作した段ボールギプスの具合が良くご満悦だ。
帰りの空港でのセキュリティチェックでは、かなり怪しまれ金属反応が無いのに探知機を一生懸命当てられ、しまいには段ボールギプスを小突かれていた。

いろいろな事のあった中国レースだが、この経験を糧に、そして同じ過ちは犯さないことを念頭にして今後の活動に活かしていきたいと思う。

文、写真:田中正人